偽りの受容 
 子どもの行動をすべて受容できる親などいない。

子どもの行動のなかには、親の非受容領域に入るものが必ずある。

無条件に受容する親に会ったことはない。

なかには、子どもの行動の多くを受容するふりをする親もいるが、

その場合は、よい親としての役割を果たそうとつとめているわけで、

その受容のなかには、偽りが含まれている。

外面では受容するように行動していても、

自分の内部では本当は受容できていなと感じている。

(中略)

母親が内心で子どものその行動は受容できないと思っているのに、

言葉で子どもを受け入れていることを示すとどうなるか?

子どもは行動でのメッセージも受け取っていて、

完全に混乱してしまう。

「混合メッセージ」または「矛盾するヒント」を受け取るわけである。

夜遅くまで起きていていいという「ことば」と

母親は本当は自分に起きていてほしくないんだということを伝える

「ことばによらない」ヒントと、この場合、この子どもは

「身動きできなく」なってしまう。

まだ寝たくないのだが、愛して(受容して)もほしい。

お母さんはまだ起きていてもいいと思っているらしいのだが、

それにしては渋い顔をしている、

いったいどうしたらいいだろう?


(中略)

私の経験では、子どもにとって一番やりにくい親とは、

やさしい言葉で話し、「自由」にさせ、

受容しているかのように行動して

あれこれ要求しないくせに、

本当は受容していない事をかすかに伝える親である。

偽りの受容を続けると、長い眼でみると

親子関係にとってもっと有害なことがある。

それは、子どもが「混合メッセージ」を送られて、

親の正直さ、誠実さを

真面目に疑う様になるかもしれないということである。

何度も同じ経験をすると、母親の口にすることと、

心で本当に思っていることとは違うんだ、ということを

子どもは学習する。

そしてそんな親に不信感を抱く。

(中略)

親が自分の本当のところをはるかに超えた範囲で

子どもを受容しようとすると、

親子の関係に深刻な悪影響が生まれ、

子どもに対しても心理的打撃を

与えてしまう事になる。

自分の本当のところ以上に受容領域を広げない方がよいことを

親は理解すべきである。

自分はその行動を受容していないことを認識し、

あたかも受容しているかのように振る舞うのは

やめた方がいい。







                  (「親業」/トマス・ゴードン著)大和書房

inserted by FC2 system